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今から約30年ほど前。
私が中学校に入学した時、両親に買ってもらった万年筆。
それが私の万年筆デビュー。
私は東京の出身。当時は中学校に上がるとき、万年筆と腕時計、そして革靴(通学用)が
「三種の神器」ではないけれど、当り前のようになっていて、ご他聞にもれず自分にもそれがやってきた。
私の万年筆は、確かペン先は18Kで、軸の色はピンク系だったと思う。
リボンをほどき、箱からそれが現れたとき、私の心ははずんだ。少し大人になった気分。
周りの友人も殆ど万年筆を買ってもらっていた。
中学校生活が始まり、
仲のよい友人が出来ると、交換日記をはじめた。
もちろん!万年筆をつかってのものだ。
毎日、交替で日記を書く。
書くのは大体寝る前の時間。手がインクで汚れたりする。でも、お構いなし。夢中で書く。
内容はというと、好きな子の事や、勉強の事、そのとき話題のアニメの事、洋服の事などなど・・・。
書くときは、とにかく力を入れて書いていた。かなりの筆圧をかけていたと思う。
特に、好きな子の事を書くときにはそれはそれは力が入ったもので・・・。
ついには、ペン先が割れてしまい、その後その万年筆の行方は覚えていない。
おそらく、実家のどこかにあるのか、すてられてしまったか・・・。
それでも、その万年筆は中学校卒業前くらいまで使っていた。
もしも、今出てきたらきっと抱きしめてしまうだろう(少々小さいが・・・)。
それから、数十年。携帯電話が当り前、年賀状もプリンターで作る。
ブログなんてものも気軽に出来る。なんとも表向きは便利な世の中になった。
いろいろ便利になった分、やることも増え、ゆっくりとした時間を過ごすことがなくなっていた。
「心を亡くす=忙しさ」
そして・・・
再び、万年筆を使う機会がやってきた。
どんどん便利になり、言葉に気持ちをこめて書くことの少なくなっている
昨今だからこそ見直されるアナログなもの。人間らしさへの懐古。
その象徴的な存在として万年筆が見直されている。
私も、また万年筆に思いをこめて書く時間をもつようになった。思いはこめるが、
あの中学生だった頃のとは違うもの。大人の女性の思いというのか・・・
筆圧をそんなにかけるわけでなく、万年筆の重みのままに、ペン先からすらすらと字が紡がれていく。
そんな感触を楽しみながら書いている。
先日押入れを整理していたら、当時の交換日記が出てきた。卒業するときに、
友人と半分ずつ分け合ったもの。その若い字体を見ると、当時の自分がよみがえってきた。
時が経って見る文字のなんと懐かしく、はずかしく、愛おしいものか。
「万年筆で書いた字には気持ちがあらわれる。」
これからも、私は万年筆で書くことを続けるだろう。
万年筆は私にとって思い出であり、現在であり、そして未来である、大切な存在だから。
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